笠井山古墳群

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操山山塊には、総数約130基の古墳が確認されていて、操山古墳群といわれている。古墳群の内訳は、四〜五世紀代の前半期古墳が約30基、六〜七世紀代の後半期古墳が約100基であり、前者には金蔵山古墳や湊茶白山古墳の大型前方後円墳も含まれている。後半期古墳は、現在の代々墓のように次々に埋葬のできる構造の横穴式石室のもので、山塊の全体にわたって築造されている。山塊の一部をなす笠井山にも、南東斜面の各所に三十数基の古墳が所在し、笠井山古墳(支)群とされている。この支群には、地域の統括者の古墳に見立てられる巨石墳や石棺を伴う石室に欠けるが、大型・中型・小型・極小の各種の石室や、古墳の集合した群集墳など、後半期古墳の大部分の形態が揃っている。従って、後半期古墳自体に限らずこの時代の家族や村の構成を研究する上での貴重な文化遺産である。

(看板引用)

笠井山古墳群

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